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東京都立明正高等学校校章

明正の創設期本校の前身は、昭和16年8月設立の東京市立青年学校である。19年4月、従来の任意設置が強制設置に変更され、東京都が設置した唯一つの青年学校として、東京都世田谷区青年学校と改称された。教育内容は、現在の定時制高等学校に準ずる学年制と、特定の科目を専修する科目制とがあり、昼間部と夜問部とが設けられていた。昭和22年、連合軍司令部教育部よりの視察があり、その際、勤労青年のための教育制度・内容が、明年から実施する新制高等学校定時制のモデルになると激賞され、このまま高等学校にしてよいとの講評を受けた。昭和23年4月、新制高等学校発足にともない、昼夜間二部制の定時制高校として、東京都明正高等学校が設立され、4月30日、青年学校長伊東栄作、初代校長に任命される。

旧校庭
   6月3日、授業開始。この日に因み、6月1日が開校記念日と定められた。当時の校舎は、世田谷区若林町623番地(現在の環状7号線、若林立橋北側付近)にあった、青年学校の校舎(もとの世田谷区役所で、本校移転後は、区立図書館、環状7号線が出来た時は洋菓子の「トレッカ」になり現在は「サミットストアー」が建っている)をそのまま使用した。当時は、終戦直後の混乱期で、設備・食糧の不十分な苦難の時代であったが、校長は、大学などから優秀な講師を招き、青年学校時代の成果の上に立って、日本の勤労青年の模範校たらしめんとして、学校経営に当たった。
旧校舎講堂での斉藤校長の講話
 昭和24年、全日制設置の準備がすすめられた。4月1日、全日制課程の設置が認可され、昼問部を全日制に移行して、全日制・夜問定時制の高等学校として発足。1年生2学級、2・3年生各1学級、計4学級、生徒数は約150名であった。開校以来、校長の「友和」の精神のもとに、職員生徒が一体となって、家族的なまとまりの中で、着々と本校の基礎づくりが進められた。25年3月、第1回卒業式(卒業生男子24名)。6月1日第1回開校記念日。当日、生徒職員にあめ一袋が配布された。26年8月、校舎に隣接する世田谷保健所が、教室として移管された。一方、新しい校地の選定、校舎の建設の促進がはかられた。1O月10日、第1回運動会が、駒沢グランドで行われた。27年10月、校地が現在地に設定された(18,926u)。28年4月、新校舎起工式。全生徒職員が参列。9月、生徒職会により新校庭の除草作業、1O月、石拾い・整地作業。1O月18日、生徒職員が整備した新校庭での初めての運動会が盛大に行われた。     

第一回の遠足(十国峠全日3期)(昭和24年)
日、校舎(現在の2号館西半分)が完成。11月17日、2・3年生徒、新校舎へ移動。新校舎を「分教場」とよび、生徒職員は、「本校」と「分教場」の間を往復し授業が行われた。29年4月、1年より5学級となる。6月、第2期工事(現在の2号館東
半分)完了し、6月30日、新校舎への全校移転を終えた。30年8月、第3期工事(現在の1号館木造部分)完了。
旧校舎教室での授業(昭和26年) 第2回の遠足 河口湖全日制 (昭和26年)
 昭和31年1月、体育館講堂の建設がPTA総会で決定された。9月、新しい校歌の作成を、入野義郎・中村真一郎両氏に依頼。12月、第1号館鉄筋3階が完成。32年1月、校歌制定、発表会。3月、第1号館3階の図書館完成。4月、開館。5月、体育館講堂建設実行委員会開催。12月、体育館講堂竣工。33年2月、校旗制定。体育館講堂落成記念講演会。4月、学級増、新1年6学級となる。9月、第5期工事起工式。26日、台風22号のため全校舎床上浸水。職員生徒、後始末に奮闘した。10月2日、創立10周年記念式典挙行。34年2月、第5期工事(木造3号館)完了。4月、学級増、新1年7学級となる。35年3月、定時制給食室竣工。35年5月、体育館付属建造物鉄筋2階建が完成。36年11月、第6期鉄筋校
舎工事の地鎮祭。
開校当時の職員(昭和27年)
第1回運動会駒沢グランド借用(昭和26年) 第2回運動会駒沢グランド借用(昭和27年)
昭和37年9月、第6期工事(鉄筋3階、理科特別教室・準備室各3、普通教室3)完了。1O月、生物・物理・化学の各教室を鉄筋の特別教室に移動。38年4月、学級増により新1年9学級となる。39年2月、屋外照明設備工事(400W45個)完了。屋外での定時制の体育・クラブ活動が可能になった。39年4月、校長の懸案であった校外施設の計画が推進され、他校の施設の調査、侯補地の検討が行われた。8月、第7期工事のため、木造3号館を移動。40年3月、第7期工事(鉄筋3号館西側に普通教室・準備室各3を増琴)完了。4月、各学年9学級編成の完成学級・27学級になる。41年5月・種々の曲折を経て・校外施設侯補地として霧ヶ峰が決定。12月、霧ヶ峰の土地を仮契約したが、その後水量の不足などが問題になり、更に検討がすすめられた。
旧校舎時代の最後の職員(昭和29年)
入学式(昭和31年) 校舎全景航空写真(第1号館建設中)(昭和31年) 入学式(昭和31年)
台風22号による水害(昭和33年9月26日) 台風22号による水害(昭和33年9月26日) (昭和33年9月26日)
創立10周年当時の職員(昭和33年) 創立20周年 全日制職員
定時制主事 中村邦司
  終戦後の学校改革で、高校に全日制、定時制、通信制の課程が設置せられ、教育の機会均等の方針が樹立された時、本校定時制は他にさきがけて勤労学徒のために灯火をかかげたと聞いている。経済的・社会的な不安混乱の中で、都下定時制高校の範として、新教育の理想を力強く、高らかに推進してきた。
  「夜になってめっきり冷え込んできたのに二日夜、世田谷区若林町の都立明正定時制高校で、珍しい夜間運動会が開かれた。どこの定時制高校でも運動会だけは昼間開くものだが、同校だけは働く生徒達のたっての望みでこのナイターとなったもの。高くつるされた裸電球が夜風にゆれ.......、呼びものの聖火リレーなど、夜の暗さはミジンも感じられない、ああかるい運動会である。」(昭和29年11月2日「朝日新聞」社会面記事から」
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